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プロフィール

プロ野球選手→料理人→フィットネスインストラクター・・・・
とちょっと変わった経歴を持つ運動指導員。
現在「ルネサンススポーツクラブ」その他でアドバイザー契約を歴任。
現場指導を続けるかたわら、全国規模でフィットネスインストラクターを対象とした各種セミナーを講演するなど、エネルギッシュな活動を展開している。

2008年11月27日

エピソード58 “もどき”

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1)長兵衛さん
 明治時代に相当な囲碁の腕前の八百屋さんがいたそうです。名前は「長兵衛」。彼はその才能をフルに活用し、時に顧客に商品を買ってもらうため、わざと囲碁を負けたりしたそうです。こうして「事前に示し合わせた勝負をすること」を、彼の名前からとって「八百長」と呼ぶようになったそうです。セールスマンであれば顧客満足度を高める「才能・方法」だけれど、公正さを求められるスポーツ、とりわけ耳目を集める観戦スポーツなどでは「八百長」は大問題になってしまいます。長兵衛さんもまさか自分のニックネームが、後世に「いかさま」の代名詞になってしまうとは思わなかったろうなぁ。ともあれこの「八百長」という言葉が流布したのは「夕日の時代」だったそうです。頑固一徹に フェアな精神を貫き通そうとする親父達世代にとって、「八百長=偽モノ」は許しがたき裏切り行為だったのかもしれませんね。
 でもそんな本物追求の性格もある一方、夕日の時代は「偽モノ」ではなく「似せるモノ=似せモノ」に関しては大変寛容でした。本物ではなく似せて作ったものだけれど、それはそれでそんなに悪くないモノを日本では「もどき」といいます。そんな「もどき達」は大変重宝されていました。例えば精進料理。これも「もどき料理」と呼ばれることがあります。牛や豚肉の代用品として豆や豆腐などを使用したりするのでそう呼ばれたりするのだけれど、精進料理はご存知の通りとてもヘルシーであり、時に本物以上に価値の高いものとなります。「がんもどき」などは雁の肉に味を似せて作った練物がルーツだというけれど、もう夕日の時代の「おでん」などでは欠かせないレギュラーポジションにいる一品(少なくとも僕にとって)。「もどきアレンジ能力」の高さがあらゆる分野で日本を後押しし、高度経済成長につながってきたのかもしれませんね。

2)同音だけど・・・
 「いい匂いですね!」と言われるととても嬉しい、逆に「いい臭いですね」と言われるとちょっと複雑な気持ち。「あの人は妖しい人ですね」と言われれば満更でもないけれど、「あの人は怪しい人ですね」と言われると困りものだ。「あの人は畏れられている」というと本人が力まずとも敬服されている、凛とした人柄をイメージできるけれど、「あの人は恐れられている」と言われると、何がその人の恐怖要素なのだろう、 おっかなびっくり考えさせられてしまう。状況という「立体的な条件」が存在することで、同音の言葉が一瞬にして「色や性格」を帯びる日本語の面白さを感じます。先日新聞に、同音語の漢字が新たに増えたという記事が掲載されていました。自分の感覚を表現するけれど、聞き手にもその感性の自由が与えられる言葉。しかも決して他人への主張や強制とはせずに控え目にしながらも、自分の意見は明文化してつぶやくことができる言語体系。あらためて日本語って立体的だなぁと思う今日この頃です。

投稿者 Melody : 11:20

2008年11月18日

エピソード57  “チンチン電車”

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1)運転手と車掌
 夕日の時代の象徴的乗物、僕はやはり路面電車の都電が浮かんできます。オート三輪が激走する交差点をしきる王様がチンチン電車でした。発車の合図として鐘の紐を引き“チンチン”と鳴らすことから、誰ともなく“チンチン電車”と呼ぶようになったそうだけれど、このチンチン電車には必ず車掌さんがいました。そして、今はワンマン(車掌なし)が路面バスの標準だけれど、当時はバスにも車掌さんがいたのです。
 肩から下げた皮製のバッグには切符と小銭、切符バサミが入っているらしく、手持ち無沙汰になるとあのハサミをモールス信号(これもまた今じゃ死語だなぁ)よろしく、カスタネットみたいに楽しげに鳴らしていたっけ。そうそう、僕がフィットネスインストラクターを始めた頃に運動生理学の教授から、成人病に関する講義の中で、「ロンドンバスの運転手と車掌における生活習慣病」という話を聞かせていただいたことがありました。運転手はずーっと事故を起こさないように神経を使うけれど運動量は少ない。一方車掌は揺れるバスの中で顧客の面倒をみる為にこまめに歩き回るので、バランス能力を向上させながら適度な運動量も確保できる。その結果「同じ空間で業務に就いているけれど、成人病発生率は運転手が圧倒的に高い」という内容でした。メタボ対策には車掌が良いわけです。

2)メタボ対策に妙案! 
 だとすると、業務動作でメタボ対策ができる「車掌システム復活」は妙案ではありませんか?もちろん何より高いのは「人件費」。そんなの無理無理って言われちゃうだろうからここで一案!この「車掌システム復活」は地区の学校の父母による当番制で運営してみたらどうで しょうか。夕日の時代には「火の用心」の見回りも町内会の役員が当番制でやっていました。意外にも子供は、「明日は僕のお父さんがバスの車掌するんだよ〜」なんて面白がってくれるんではないかなぁ。もちろん年頃になったら、「やめてくれよ〜恥ずかしい真似だけは〜」なんて突っ込まれる可能性も大ではあるけれど。
 このブログを書いている最中に一つ記憶が蘇りました。僕は小学校の時、遠距離通学でバスを使っていた時があったのだけれど、ある時バスに揺られているうちについうとうとと眠ってしまったことがありました。すると、機転を利かせてくれたのであろう顔馴染みのやさしい車掌さんが「ぼうや到着したよ〜起きなぁ」って起こしてくれたのです。恥ずかしかったけれど嬉しかったなぁ。あっ!やっぱりそれじゃあ一日父母車掌じゃあ努まらないかぁ〜。あのフレンドリーな車掌さんの味は、「派出所のおまわりさん」と同じぐらい常駐的な存在感がなければ出せないものね〜。う〜ん。

投稿者 Melody : 10:52