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プロフィール

プロ野球選手→料理人→フィットネスインストラクター・・・・
とちょっと変わった経歴を持つ運動指導員。
現在「ルネサンススポーツクラブ」その他でアドバイザー契約を歴任。
現場指導を続けるかたわら、全国規模でフィットネスインストラクターを対象とした各種セミナーを講演するなど、エネルギッシュな活動を展開している。

2007年01月29日

エピソード25  1月29日

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1)塩の効果
 塩を含んだ縄はじっくりと焼かれる間に石灰の様に縄の原型をとどめる様に作用する・・・姥捨て山の難を逃れた年寄りの塩にまつわる知恵はあらゆるものに広がりを見せます。日本人にとって「食する塩」は「命を与える成分」として神代の時代から聖なるモノと考えられ、神事の際のお清め、食材や傷口の殺菌、保存食品の製造・・・等、我々日本人の日常生活シーンに登場してきました。
 大宇宙的観点から見れば、地球上の水分調節システムの一過程である“海水蒸発”と、小宇宙である身体内部の“腎や膀胱などによる水分調節システム”はいずれも塩を媒介とした類似したシステムであり、共に“ライフライン”という意味では重要な役割を担っています。人間をはじめとした非植物の有機体=動物はその名の通り「動く生き物」である為に、細胞レベルではその細胞内のカリウムと細胞外のナトリウム(塩)のイオン交換により神経や筋肉を介して「動き」が生まれる事になっています。塩がなければ「動物」でいられないわけです。
 
2)自然塩とのお付き合い 
 古くから日本人は「自然塩」とうまくお付き合いしてきました。
 赤ちゃんが10月10日育つ羊水とほぼ同じミネラル成分バランスを持つものに海水があります。その海水から作られた「自然塩」に含まれる微量ミネラルは数十種。味も化学精製塩と違いやや「甘味」もある、まろやかな塩です。一度調理に使うとわかりますが、「貝」などの砂だしの際は、しっかりと砂を出すようにビュービューと貝の呼吸活動が活発になり、貝内の砂が沢山吐き出され、おいしいお料理が出来上がります。通常の精製塩では砂の吐き出しもそこそこで、貝はすぐに静かになってしまいます。結局のところ、貝は塩が欲しい訳ではないですからね。
 丸大豆と米、小麦、それに自然塩と麹を加えた天然醸造の醤油や味噌には抗酸化物質が豊富に含まれていますが、自然塩はそれらの要となって体内の酸化物資をうまく代謝してくれる力を発揮してくれます。
 量や質をきちんと考えれば塩は我々の「味方」です。姥捨て山の老婆の様に「塩上手」であれば、「肉体年齢格差社会」の現代でも、60歳を迎えて一層「元気一杯」でいられるのではないでしょうか?

投稿者 Melody : 14:40

2007年01月16日

エピソード24 1月16日

1)姥捨て山
 「60歳を越えた年寄りは山に捨てられねばならない」という規則のある国で、どうしても母を捨てられず、そっと縁の下にかくまっていた若者が「細い7つのくびれのある筒状の木の枝に糸を通すこと、何もせずに鳴る太鼓を作ること、灰で縄をなうこと」の3つを解決できれば願いを聞き入れるという「お触れ書き」の難問を、母の知恵を借りながら成し遂げ「姥捨て法」を改めさせるという・・・「年寄りの知恵の偉大さ」を説いたのであろう話です。
 循環型経済が世界標準となってきた現在、「人」も循環=力のある高齢の方の再労働化をアピールするにはぴったりの物語ですよね!「筒状の木の枝の出口に蜜を塗って、反対側の口から糸をつけた蟻を歩かせれば糸が通せること」や、「太鼓の中に“こがね虫”を入れれば内側から太鼓が鳴ること」、そして「塩水につけた縄を炭火でそっと焼くことで灰の形状をした縄が出来ること」等に至っては、自然界の理にかなった知恵の深さに「う〜ん、なるほど!」とうなってしまいます。
 この“姥捨て山”に見る”口減らし”にまつわる話は何も”お年寄り”を対象としたものだけではありません。幼子や娘の話も多々あり、聞くたびにやるせない気持ちにさせられたものです。そんな悲しい類である故に、こういった一発逆転の展開は人の心を魅了してきたのでしょう。

2)個人差の大きい60代
 息子に背負われて山深くまで連れてこられる60歳の老婆・・・当時の平均的な60歳代像はだいぶ現代とは違っているようです。まあ寿命がはるかに短かった訳ですから、当時の60歳というのはかなりの“長老”だったのでしょう。比べて現在の60代の方達の若いこと!・・・・山に連れてこられるどころか、下手すれば軟弱な若者であれば逆に担いで山に置きざりにしてくるぐらいパワフルな方もいらっしゃいます。もちろん「姥捨て山時代さながら」の体力のない方までいらっしゃるので、個人差が大きい・・・と表現した方がよいのでしょう。
 中年前期とされる40代は自覚的老化が比較的少なく、中年後期の50代になって強く認識する様になると言われています。さらに高年前期の60代は、それまでのライフスタイルによる個人差が顕著になる世代とも言われています。「若さ=“肉体年齢”」も、もはや二極化し“格差”が生まれている訳です。
 「やる気」も「能力」も「体力」も、“社会年齢(実年齢)”だけでは判断できない時代になってきた・・・・という事なのですね。(次回へ続く)

投稿者 Melody : 16:40