2008年11月18日
エピソード57 “チンチン電車”

1)運転手と車掌
夕日の時代の象徴的乗物、僕はやはり路面電車の都電が浮かんできます。オート三輪が激走する交差点をしきる王様がチンチン電車でした。発車の合図として鐘の紐を引き“チンチン”と鳴らすことから、誰ともなく“チンチン電車”と呼ぶようになったそうだけれど、このチンチン電車には必ず車掌さんがいました。そして、今はワンマン(車掌なし)が路面バスの標準だけれど、当時はバスにも車掌さんがいたのです。
肩から下げた皮製のバッグには切符と小銭、切符バサミが入っているらしく、手持ち無沙汰になるとあのハサミをモールス信号(これもまた今じゃ死語だなぁ)よろしく、カスタネットみたいに楽しげに鳴らしていたっけ。そうそう、僕がフィットネスインストラクターを始めた頃に運動生理学の教授から、成人病に関する講義の中で、「ロンドンバスの運転手と車掌における生活習慣病」という話を聞かせていただいたことがありました。運転手はずーっと事故を起こさないように神経を使うけれど運動量は少ない。一方車掌は揺れるバスの中で顧客の面倒をみる為にこまめに歩き回るので、バランス能力を向上させながら適度な運動量も確保できる。その結果「同じ空間で業務に就いているけれど、成人病発生率は運転手が圧倒的に高い」という内容でした。メタボ対策には車掌が良いわけです。
2)メタボ対策に妙案!
だとすると、業務動作でメタボ対策ができる「車掌システム復活」は妙案ではありませんか?もちろん何より高いのは「人件費」。そんなの無理無理って言われちゃうだろうからここで一案!この「車掌システム復活」は地区の学校の父母による当番制で運営してみたらどうで しょうか。夕日の時代には「火の用心」の見回りも町内会の役員が当番制でやっていました。意外にも子供は、「明日は僕のお父さんがバスの車掌するんだよ〜」なんて面白がってくれるんではないかなぁ。もちろん年頃になったら、「やめてくれよ〜恥ずかしい真似だけは〜」なんて突っ込まれる可能性も大ではあるけれど。
このブログを書いている最中に一つ記憶が蘇りました。僕は小学校の時、遠距離通学でバスを使っていた時があったのだけれど、ある時バスに揺られているうちについうとうとと眠ってしまったことがありました。すると、機転を利かせてくれたのであろう顔馴染みのやさしい車掌さんが「ぼうや到着したよ〜起きなぁ」って起こしてくれたのです。恥ずかしかったけれど嬉しかったなぁ。あっ!やっぱりそれじゃあ一日父母車掌じゃあ努まらないかぁ〜。あのフレンドリーな車掌さんの味は、「派出所のおまわりさん」と同じぐらい常駐的な存在感がなければ出せないものね〜。う〜ん。
投稿者 Melody : 10:52